"不夜の郭"カタスクニガイド
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不夜の郭カタスクニガイド
■“不夜の郭” カタスクニとは
▼不夜の郭カタスクニ
「カネと度胸と命があれば、ここでやれない不道徳はないんだ」──娼館で迷宮探索の報酬を使い切ってしまい、正門から去ってゆく無名の冒険者の一言。
ケルディオン大陸の東方、鬱蒼とした山々の間に存在するカタスクニは、巨大な木造の迷宮〈黄泉の塔〉と、迷宮の封印を維持するための〈娼館〉群の二つを中心に発展した、五芒星型の都市です。カタスクニという名は、この地に伝わる民話の中の楽園に由来すると伝えられています。
城壁に囲まれた都市は中央の円形広場から五つの稜が放射状に伸びる独特な構造を持ち、各稜は行政、商業、歓楽、宗教、工房など明確な役割分担のもとに機能しています。
都市の背後に聳える〈黄泉の塔〉から湧き出す瘴気は、外界に広がると周辺を死の地に変えるため、実質的な都市の統治者である強大な魔術師、"陰陽頭"ヨモツシコメが中心となり封印を施して維持しています。
この封印の維持に定常的な魔力供給が必要なため、都市は供給の仕組みとして娼館や娯楽・交易を通じて魔力と資金を集める体制を整えてきました。このため、カタスクニにおける娼館は単なる歓楽施設にとどまらず、封印のための魔術的なエネルギーを抽出・転換する役割も持ち、このことが独自の文化を形作ってきたと言えるでしょう。
住民構成は多様で、娼館の経営者と従業員、冒険者、商人、研究者、信仰者、そして裏社会の住人や少数の蛮族たちが混じり合って共存しています。
秩序は陰陽寮直属の治安部隊“ヨモツイクサ”によって維持され、日常の治安は比較的安定していますが、歓楽街では揉め事や暴力沙汰が絶えず、常に危険と刺激が混在しています。それはつまり、冒険者を始めとした者たちの活躍する余地が多く残されているということもであります。
経済面では娼館収益、入宮料、探索による戦利品や冒険者向けの道具売買、観光的要素によって支えられています。
陰陽寮は収入の一部を結界維持に回すと同時に、迷宮由来のルートや遺物の管理を独占することで、都市の富と権威を確保しています。裏市場や非公式な取引も存在し、都市の繁栄には暗い側面も伴っています。
文化面では、瘴気と夜を拒む性質が都市の芸術と習俗にも影響を与えており、夜を模した祭事や瘴気を祓う儀礼や、それらにまつわる職人文化が根付いています。また、多湿な気候と、山を切り拓いて出来たという土地柄から、着物やネオンなどの特異な品が多く存在します。
カタスクニは危険と恩恵が表裏一体となった場所であり、迷宮の報酬を求める者、滅びゆく瘴気に抗う者、欲望と富を求める者が集う、文字通りの眠らない都市です。
訪れる者は享楽と危険のはざまで選択を強いられますが、その混沌こそがこの都市を今日に至るまで息づかせていると言えるでしょう。
[---][---]▼大雑把に言うと
「迷宮付きのファンタジー吉原」と思っていただくとまず間違いありません。
エセ和風なシナリオの舞台などにどうぞ。
▼運用について
以下で紹介される施設やNPCは一例であり、GMやPLは参加者全員の合意に応じて、ここに記載されていない建物・組織・人物を自由に追加して構いません。
必要に応じて、物語に合わせた形へと発展させてください。
《黄泉の塔》は、複数の迷宮が複雑に絡み合った巨大構造物として扱われます。
そのため、「この階層は剣の迷宮である」「この階層は魔域である」など、シナリオに応じて任意の性質を与えることができます。
また、特定の分類に属さない未知の階層として扱っても問題ありません。
塔内部に現れる蛮族や魔神たちは、原則として「塔の外に出ようとせず、塔の構造や瘴気環境を保とうとする」存在です。
ただし、すべてを統一的に扱う必要はなく、例外の個体や集団を設定しても構いません。
迷宮内部は空間が歪んでいるため、屋内でありながら森・湖・崖などの自然環境が出現することがあります。
この場合、それらは「自然環境として扱う」ことができ、レンジャー技能などを適用して構いません。
【紅蝋燭】は「迷宮内部に長期滞在するPC・NPCが存在しないという理由のための設定」であり、蝋燭の価格や持続時間などは、基本的に細かく定義する必要はありません。
しかし、GMが望むのであれば、「瘴気が薄い中継点が存在する」「塔に適応した者がいる」などの理由を設け、塔の内部に拠点を持つ人物やコミュニティを登場させても問題ありません。
《黄泉の塔》に出現する魔物は、瘴気環境に完全に適応しており、瘴気による悪影響を一切受けません。
一方で、その存在形態は瘴気に依存しているため、塔の外部へ出ると身体が霧散してしまいます。
このため、多くの魔物は外に出ようとはせず、代わりに瘴気の霧を外側へ拡散することで生息域を広げようとします。
▼カタスクニの歴史
カタスクニの歴史について、あまり詳しいことは伝えられていません。
というのも、それらを伝える文書や資料は、殆どが統治機関である<陰陽寮>の管轄下にあり、彼らはそういったものを秘匿するかのように自らの下へ集め、部外者はもちろん、住民や、当の職員たちにすら公開することを拒んでいる為です。
従って以下の概略も、古い住民や冒険者たちの記憶や口伝えによる曖昧な情報をまとめたものとなるため、正確性はあまり期待できません。
言い伝えによれば……この都市の起源は、今からおよそ六十年前にまで遡ります。
当時、ケルディオン大陸東方の山間部は、いくつもの山々が連なるだけの寂れた土地でした。
ところがある晩、山間に突如として、天を衝くかの如き木造の尖塔が姿を現します。
まるで夜の帳の中から抜け出してきたかのように、誰も気づかぬうちに、その巨大な塔はそこに“存在していた”のです。
この土地に残る言い伝えと、後述する呪いの霧などの特徴から、いつしかこの塔は「黄泉の塔」と呼ばれるようになりました。
僅かに存在していた近隣の住民たちや、未踏の迷宮を探していた旅の冒険者たちは、すぐに調査へ向かいました。
塔の内部では奇怪な仕掛けや怪物が徘徊しており、その特徴や魔力から、この迷宮は複数の魔剣が絡む大規模な“魔剣の迷宮”であるという結論が出ました。
実際に、現在でも少量ながら魔力を帯びた武器の発見報告があるため、全てではないものの、迷宮の一部が魔剣によって作られていることは間違いないでしょう。
しかし、ここまでの事実を調べるだけの調査であっても、その継続は困難を極めました。
何故なら、塔の内部は常に、薄紫色の"瘴気の霧"に覆われていたためです。
それは生者の命を奪い、触れる者の心を蝕む禍々しい呪詛の塊で、対策無しに身を晒し続ければ、熟練の冒険者であっても一時間と経たずに斃れてしまう程に強力な、呪いの力に満ちていたのです。
調査を続ける内に、更に厄介な事実が判明します。
霧が徐々に塔の外部を浸蝕していることが確認されたのです。
最初はわずかな量でしたが、時間とともに霧は広がりつつあり、このままでは周囲一帯が瘴気に呑まれ、死の地と化すのは時間の問題であると判断されました。
この危機に際し、当時の冒険者の中でもとりわけ優れた魔術師として知られていた一人の女性――後に「”陰陽頭”ヨモツシコメ」と呼ばれることになる人物――が立ち上がります。
彼女の指揮のもと、冒険者たちは塔の周囲に大規模な封印術を施し、霧の漏出を抑え込むことに成功しました。
封印は成功し、瘴気の拡散は無事に抑えられました。
しかし、封印の維持には常に魔力の供給が必要です。
魔力を絶やせば、塔は再び瘴気を吐き出し、周囲を飲み込んでしまうのです。
この問題を解決するため、ヨモツシコメは一つの奇抜な策を立てました。
塔の前に小規模な居住区――すなわち「供給の街」を築き、 そこを訪れる人々から少しずつ魔力を徴収して、封印の維持に充てようとしたのです。
ですが当初は修行者や研究者など、限られた者しか訪れず、街は閑散とした山中の集落に過ぎませんでした。
土地そのものも、痩せた山肌と鬱蒼とした山林ばかりで、大規模な農業には向かず、人を呼び込むにはあまりにも不便な場所だったのです。
そこでヨモツシコメは、二つ目の奇策として、自分たち以外の冒険者が迷宮を探索できるよう、塔の一部を解放すると同時に、塔のふもとに"娼館"を建て、人々の欲求と金、そして魔力をこの地へと集める仕組みを作り上げました。
一体どのようにして、施設とそこで働く従業員を集めたのか、その一切は全くの不明であり、中には「従業員は全てヨモツシコメの作成した魔法生物や使役する妖精(あるいは魔神や、ヨモツシコメ本人の分身であるという説まであります)である」と伝える資料さえありました。つまり、誰にも分からなかったのです。
娼館の名称もまた、語る者によってバラバラで、その他正確な規模や、そこで客を取っていた者の素性などは判然としません。
ただひとつ、その内容については、誰もが口を揃えてこう言いました――そこでは、どのような不道徳でも赦されていた、と。
結果、二つの策略は見事に的中します。
命を賭けて迷宮に挑み、一攫千金を夢見る者たち。
その稼ぎを手に、束の間の快楽を求めて娼館へ向かう者たち。
こうして街は急速に活気づき、封印を維持するに十分な魔力と資金が集まりました。
年月が経つにつれ、街は堅固な城壁に囲まれ、結界と娼館の二つの柱を中心とした独自の都市文化が形成されていきます。
そしてヨモツシコメは、いつしかこの地の実質的な支配者として、都市の制度・経済・宗教を統べる存在となりました。
こうして、瘴気を封じる結界都市にして、人の欲を受け入れる歓楽の都――すなわち「不夜の郭カタスクニ」が誕生したのです。
この街がなぜ夜を拒むのか、そしてなぜ今も瘴気を封じ続けるのか。
その理由を正確に知る者は、今も陰陽寮の奥深くにしか存在しません。
▼迷宮「黄泉の塔」
「黄泉の塔」は、険しい山々の谷間に突如として出現した木造の巨大な尖塔です。
その姿は荘厳にして不気味であり、まるで山そのものが木と呪術によって形を成したかのようだと伝えられています。
一説に依れば、この塔はいきなりその場に作り上げられたのではなく、「魔術的な仕掛けによって隠されていたものが、強力な術者によって暴かれた」とされていますが、その真偽は神秘の霧に包まれています。
塔の高さはおよそ200メートルに及びますが、内部の空間は外観からの推測を裏切るほど広大で、構造が歪んでいることが知られています。
外部から塔を登り、屋上から内部へと侵入することも可能ですが、最上階から侵入したはずの探索者たちが「さらに上階へと続く階段」を発見したという報告があり、この塔が常識では測れない迷宮的構造を持っていることは明らかです。
内部の造りは基本的に木造ですが、階層によっては自然の樹木や川の流れが確認されており、人工建築と自然の境界が曖昧になっています。
ただし、いかなる階層にも窓は一切存在せず、迷宮内部をぼんやりと照らす光源の由来も未だ不明のままです。
低層階は(あくまで他の階層と比べて、ですが)比較的安全で、既にある程度の探索が進んでいます。
報告によれば、1階層目は湯屋――すなわち銭湯のような構造を持っており、壁や床には美しい木目が残り、清潔な温泉が絶え間なく湧き出しており、脱衣所のような部屋の存在まで確認されています。
しかし、これを管理する人影はどこにも見当たらず、まるで見えざる何者かによって自然に保たれているかのようです。
この塔の最大の特徴は、内部に立ち込める“瘴気”の存在でしょう。
主に紫色の煙として現れるこの瘴気は、非常に強い呪詛の力を帯びており、呼吸するだけでも体内に毒のように侵食していきます。
さらに、肌に触れただけで生命力をじりじりと奪われるため、対策なしでは長時間の滞在が不可能です。
このため、迷宮が発見されてから長い間、探索が進んだのは低階層に限られていました。
このため、探索の当初から、陰陽寮によって「紅蝋燭(べにろうそく)」と呼ばれる特殊なアイテムが開発されていました。
この蝋燭を灯すことで、一定時間だけ瘴気の影響を抑制することが可能となり、これによってようやく中層階の調査が現実的なものとなりました。
とはいえ、紅蝋燭の効果が切れた瞬間、瘴気は再び濃密に充満し、たとえ熟練の探索者であっても命を落とす危険があるため、いまだ塔の全貌は謎に包まれたままです。
尚、紅蝋燭は後述する「関所」や、陰陽寮に認められたギルドに申請することで、各冒険者に対して、計算された必要分が支給されます。
もう一つの特筆すべき特徴として、各階層の最奥に置かれている《手形》と呼ばれる木片の存在があります。
多くの場合、祭壇のような台に安置されているこの《手形》は、グラスランナーの手にかろうじて収まる程度の小さな木片でありながら精巧な意匠が施され、芸術品として収集されるほど繊細な造りをしていますが、魔術的な効果はなく、それだけではただの木の板に過ぎません。
しかし、塔の正門から入れる、「昇降機」と名付けられた部屋の壁に設けられた小さな穴へ《手形》を落とすことで、始めてその特殊性を発揮します。
木片を落としてから数秒後に、「昇降機」の扉が自動的に閉鎖され、直後に各《手形》に対応した階層へ、部屋そのものが移動を始めるのです。「昇降機」の由来も、この機能によるものとされています。
移動は数秒で終わることもあれば最大で20分ほどかかる場合もあり、一般には移動時間が長いほど、複雑で報酬に富んだ階層へと導かれるとされています。
「昇降機」は非常に広く、リルドラケンのような大柄な冒険者の一団でも、全員が余裕をもって待機できるほどの空間を備えています。
また、《手形》は何度持ち帰られようとも、再訪時には何故か必ず補充されているため、最奥に到達しさえすれば、入手に困ることはありません。
《手形》によって案内される階層は、《手形》が置かれていた階層よりも少しだけ難度が高く設定されていることから、《手形》は迷宮が探索者に「次へ進む資格」を与えるための入場券のようなものだと考えられています。
なお、《手形》の模様や形状を完全に再現した模造品を昇降機に投じても、まったく反応しないことが確認されており、迷宮が《手形》に刻まれた情報を何らかの方法で「読み取っている」ことは確実視されていますが、その仕組みや原理は現在に至るまで解明されていません。
同様に、ヒモや魔法などを用いて、一度投じた《手形》を取り戻したり、穴に妖精や【テレオペレート・ドール】で操る人形などを捻じ込んでの調査も、投じた《手形》が瞬く間に焼失したり、妖精や人形が本人にすら理解出来ないまま、術者の元に戻されていたりと、悉く失敗に終わっています。
こうした不可思議さは、黄泉の塔が単なる迷宮ではなく、何かしらの「意志」をもった存在である可能性すら示唆している、と陰陽寮は結論付けています。
▼カタスクニの街
周囲の山林を切り拓いて建設された都市です。建築物の大半は木造であり、厳しい自然環境の中にありながらも、どこか温もりのある街並みを形成しています。
外部との往来は、正門一つのみに限られています。
この門は統治機関である"陰陽寮"直属の戦闘部隊“ヨモツイクサ”によって厳重に管理されており、街への出入りはすべて監視されています。
入城時は簡単な身体検査をする程度で済みますが、街を出る際には、許可を得ずに「黄泉の塔」から持ち出した物品が無いか、などを厳しくチェックされます。
街の構造は、「中央区」である円形広場を中心に五つの“稜(りょう)”が放射状に広がる独特な形をしています。上から見ると、丁度星を象った形になっていることから、都市の形そのものが何かしらの強大な呪術の一部を成しているという話も囁かれていますが、その詳細は全くの不明です。
この星型の各角を「稜」と呼び、時計盤の12時の位置に当たるものを「第一稜」と定め、そこから一筆書に星を描く順番で「第二稜」から「第五稜」までが存在します。
各稜の役割は明確に区分されており、すべて陰陽寮の監督下にあります。
例えば第一稜は政治と行政を司る官庁区で、寮の本部や会議場が立ち並び、第二稜は商業区、第三稜はかつての娼館街を基盤として形成された歓楽街……と稜ごとに全く違う施設が並んでいます。
夕方になると、この地方に昔から伝わる照明である「ネオン灯」が一斉に点灯します。
それらは瘴気を祓う光としても機能しており、街全体を幻想的で妖しい輝きに包み込みます。
とくに第三稜の夜景は圧巻で、金と紫の光が重なり合い、まるで夢と現の境界を歩くような錯覚を覚えるといわれています。
発展の歴史上、冒険者ギルドの受け入れにも積極的で、城内には多数の支部が軒を連ねており、中には「所属する冒険者が全員娼婦」という変わり種まで存在します。
また、半公的に蛮族の受け入れを行っているのも特徴のひとつと言えるでしょう。
この
▼カタスクニの政治
カタスクニの名目上の支配者は、陰陽寮の頂点に立つ"陰陽頭ヨモツシコメ"です。
彼女は結界の創設者にして都市の象徴的存在ですが、その姿を見た者は少なく、近年では公式の場に姿を現すことすら稀になっています。
そのため、彼女が今もなお実際に統治を行っているのか、それとも儀式的存在としてのみ存続しているのかは不明です。
実際の政治運営は、彼女の名のもとに行政を執り行う中間官僚――陰陽助や允と呼ばれる者たちによって担われています。
彼らは法と儀式、そして都市全体の結界維持を職務としており、市政から経済、建築の許可に至るまで、あらゆる決定権を持っています。
一例を挙げると、カタスクニ全体が巨大な結界構造の上に築かれているため、新たな建物を建てる際にも、結界の流れや魔術的干渉を阻害しないかが最も重視されます。
そのため、市民の意見や利便性が考慮されることはほとんどなく、行政は常に「結界の維持」を最優先に判断を下しています。
それにもかかわらず、街の治安は比較的安定しています。
後述する蛮人街などの混成区域を抱えながらも、陰陽寮直属の治安部隊“ヨモツイクサ”による厳格な警備体制が保たれており、大規模な暴動や反乱が起こることはほとんどありません。
また、市民たちの多くも現状に強い不満を抱いてはいないようです。
それは、この街が娼館を中心とした経済構造を持ち、商業や娯楽の規制が極めて緩いという自由な風潮によるものでしょう。
この自由は、良くいえば寛容で活気に満ち、悪くいえば混沌とした無秩序にも通じています。
実際、タチの悪い酔漢や思い詰めた娼館の客による殴りあいなどは頻繁に発生しており、“ヨモツイクサ”もその程度のことでは動かないため、多少猥雑な空気に満ちているとも言えるでしょう。
財政は主に、遊郭や徴収される税や、迷宮探索者から得られる入宮料、あるいは装備の代金などによって賄われています。
さらに、迷宮から発掘された呪物や魔具の売買も重要な収入源とされています。
中には、それらを陰陽寮が密かに裏市場へ流しているという噂もありますが、その真偽を確かめた者はいません。
いずれにせよ、カタスクニの財政は他都市と比べても潤沢であり、外見上は繁栄と安定を維持しているように見えます。
▼カタスクニの軍事
陰陽寮が自衛および治安維持のために抱える戦闘部隊が"ヨモツイクサ"と呼ばれる集団です。
彼等は全員が何らかの魔法を扱える魔術師であり、それが採用の絶対条件ともなっています。
もちろん、魔法だけでなく、武器を用いた白兵戦にも長けた隊員が多数存在しているため、総合的な戦闘力は高い方と見て良いでしょう。
魔術的な技術と戦闘力さえあれば、種族・年齢・素性すらも問われないため、裏社会出身の者や放浪者、私生児などの受け皿ともなっていると言われています。
彼らは「結界の維持」と「秩序の維持」を担う存在であり、任務中は全員、紙製の仮面で素顔を隠すことを義務付けられています。
一説によれば、視線の動きを相手から隠すことで次に行う行動を読み取らせないためであるとか、視線を介した魔法から身を守るために付けているとも言われますが、いずれにせよ、市民や冒険者が職務中の彼らの表情を目にすることは決してありません。
そんな彼等も、オフの日には仮面を外し、一市民として歓楽街に姿を見せることがあります。
職務外の彼らは、不気味な沈黙を守っている職務中と違って、ごく普通に笑い、食し、娼妓に鼻の下を伸ばしたりもしますが、一方で業務内容については、たとえ一言であっても口外することは決してありません。
それは禁令によるものではなく、話そうとしても言葉そのものが喉に詰まる――何らかの封印魔術が施されているためだと噂されています。■中央区
中央区は、正門を通って最初に辿り着く、カタスクニの表玄関にあたる区画です。
冒険者ギルドをはじめ、旅人や観光客、さらには娼館を目当てに訪れる客人たちを迎えるためのさまざまな施設が立ち並んでいます。
ここから、黄泉の塔や他の稜へと続く複数の門が存在し、それぞれの門は行き先となる街区の特色を色濃く反映した装飾で彩られています。
そのため中央区は、迷宮都市カタスクニの縮図ともいえる多様性と活気に満ちています。
外から訪れる者が最初に目にする地域であることから、観光と治安維持には特に力が入れられています。
優れた宿泊施設や飲食店も多く揃い、過ごしやすさと賑わいを兼ね備えた街並みが広がっていることから、娼館や迷宮が目当てでない客は、おおよそこの区か第四稜を訪れることが多いとされています。
一方で、大通りから一歩外れた路地へ入ると、表立っては宣伝できない娼館や酒場の呼び込みが姿を見せ、この都市の裏側に潜む濃密で妖しい気配を垣間見ることもできます。
良くも悪くも、カタスクニという都市そのものを圧縮したかのような場所であり、華やかさと陰が混ざり合う、迷宮都市らしい匂いが最も鮮やかに漂う街区と言えるでしょう。
▼黄泉比良坂(関所)
中央区の最奥に位置し、黄泉の塔へと続く巨大な門――それが「黄泉比良坂」です。
その名は古くから伝わる冥府への坂道に由来しますが、あまりにも長く呼びにくいため、住民や冒険者たちからはもっぱら「関所」と呼ばれています。
かつては木造の簡素な門と、最低限の結界管理者だけが詰める質素な施設でしたが、都市が拡大するにつれ増築が繰り返され、今では中央区最大の建造物としてそびえ立つ巨大な複合施設となっています。
この門では、迷宮に関する大半の手続きとその処理が行われており、冒険者たちが利用する際には、迷宮へ立ち入る者の《手形》の確認と、各ギルドや組織、場合によっては個人から発行された、依頼証明の提示が求められます。
しかし逆に言うと、それらさえきちんと揃えていれば、出自や素性について過度に詮索されることはなく、よほど露骨に怪しい者でなければ、迷宮への出入りを咎められることはありません。
また、この関所では《手形》の販売・譲渡・買い戻しも管理されています。
塔から持ち帰った《手形》は、次の階層に挑まない冒険者に取っては、思い出の品や武勇伝の証拠以外には何の役にも立たないため、ここで売却する者が殆どですし、逆に塔の攻略を目指す冒険者にとっては、いちいち目当ての階層へ赴くことなく「入場券」を手にすることが出来るため、購入はごく一般的に行われています。
これらの取引には殆ど制限などもないため、適切な手続きと資金、場合によっては多少のコネがあれば、始めての冒険者であっても中層や高層に挑むための《手形》を手にすることができますが、そうした無茶を試みた者が、無事に帰ってくる例はごくわずかです。
他のダンジョンと違い、黄泉の塔でのこうした迷宮遭難者は、瘴気の霧のために長期間生存することが難しいため、大抵は迷宮の中で斃れ、救助されることもなく、いつのまにか死体ごと無くなってしまうのが常です。
陰陽寮の調査に依れば、塔内部に出没するアンデッドの中には、こうして消えた冒険者が混じっていることも少なくはないとされています。
彼らは例外なく、その身を粉にして塔のために働き、塔の外へと連れ出されると、瞬く間に霧となって消え失せてしまうと報告されています。
▼冒険者ギルド「タヌキの皮亭」
「タヌキの皮亭」は、中央区の中心街に構える、木造四階建ての大規模な冒険者ギルドです。
カタスクニに点在する他の支部を取りまとめる統括拠点として機能しており、日々持ち込まれる依頼の多くはまずここに集められた後、各支部へと振り分けられています。
そのため、ギルドの掲示板には常に大小さまざまな依頼が溢れており、初心者から熟練者まで幅広い冒険者が集う活気ある場所となっています。
ただし、この街の冒険者ギルドには他都市にはあまり見られない特徴があります。
それは所属する冒険者のうち、およそ四分の一が借金を抱えているという点です。
遊郭に通い詰めた末に花魁へ身を焦がしたり、無謀な迷宮攻略に挑んで失敗したりと、その理由は実に多種多様です。
しかし、返済のために命を賭してでも稼ぎを求める彼らは、ある意味では他の都市の冒険者以上に、迷宮攻略に対して熱意と執念を持っているといえるかもしれません。
ギルドを取り仕切るのは、亭主である「タカオ」と呼ばれるエルフの女傑です。
かつては単身で黄泉比良坂へと挑み続けた歴戦の冒険者であり、その卓越した判断力と胆力は今も健在です。
現在の彼女は前線に立つことこそ減りましたが、その辣腕はもっぱら冒険者たちの背中を叩くことに向けられており、怠ける者、迷う者、折れそうな者の全てに、的確かつ容赦ない叱咤を飛ばすことで知られています。
タヌキの皮亭は、ただ依頼を受けるための場所ではなく、冒険者が覚悟を新たにする場所でもあるのです。
■第一稜
第一稜は、カタスクニの政治機関である〈陰陽寮〉が構える、都市の心臓部ともいえる区画です。
他の稜が華やかな装飾や賑やかな喧騒で彩られているのに対し、第一稜は全体的に落ち着いた佇まいを保っています。
石造りや漆黒の木材を基調とした建築が多く、装飾は控えめながらも洗練された意匠で統一されており、静かな緊張感と威厳を漂わせています。
しかし、それらの建造物には単なる美観だけではなく、結界の維持や都市の安寧を保つための呪術的な意味が込められています。
瑞獣を象った石像が街角に自然と溶け込み、外観上は普通の扉に見えて実際は開閉できない「偽の扉」が点在しているなど、外部からの見えない脅威を拒むための仕掛けが至るところに隠されています。
第一稜は、目に見えない防壁によって都市そのものを守護する拠点でもあります。
また、この区画には〈陰陽寮〉直属の警備戦力である「ヨモツイクサ」が巡回していることから、カタスクニの中でも治安は群を抜いて良好です。
騒動や乱闘が珍しく、夜間であっても人々が静かに行き交うことができます。
この環境ゆえに、都市におけるいわゆる高級住宅街も第一稜に集中しており、政治家や豪商、由緒ある家柄の者たちが暮らしています。
第一稜は、華やかさこそ抑えられているものの、カタスクニにおける秩序と均衡を支える、最も重要な街区なのです。
▼陰陽寮
第一稜に拠点を置く陰陽寮は、カタスクニ全体の統治を担う中枢機関です。
政治、経済、立法、裁判など、都市運営にかかわるあらゆる権限がこの組織に集中しています。
その頂点には"陰陽頭"であるヨモツシコメが座し、その下に陰陽助、陰陽允、陰陽大属といった階位を持つ魔術師たちが並び、都市行政を実質的に動かしています。
彼らの活動は極めて秘密主義的で、外部からはその全容を窺うことが難しいことで知られています。陰陽頭がトップであることだけは確実ですが、それ以外の役職がどの程度の地位にあたるか、そもそも何を担当しているか、などの詳細は、時として内部で働く者たちですら正確には把握出来ていません。
財政は娼館や施設からの税収、迷宮への入場料によって賄われていますが、彼らが何にどれほどの資金を費やしているかは、都市の住民でさえ詳しく知られてはいません。
陰陽寮にとって最優先されるのは、迷宮「黄泉の塔」を縛る結界の維持であり、住民の声や旅行者の便宜といった行政的配慮は、常にその次に回されます。
陰陽寮に所属する者は総じて「陰陽師」と呼ばれ、何かしらの魔術技能を修得していることが採用の最低条件となります。
配属は能力や適性に応じて行われ、特に戦闘に長けた者は、治安維持部隊である「ヨモツイクサ」に組み込まれます。
陰陽師たちは日常的に儀式用の仮面を着用しており、表情を窺うことはできません。そのため、彼らの態度はしばしば冷淡かつ尊大に映り、都市民や冒険者からの評判は決して良いとは言えません。
とはいえ、陰陽寮は決して一枚岩ではありません。
中には市井の生活や冒険者事情に理解を示す者もおり、権威と信念の狭間で揺れる陰陽師も存在します。
また、都市に害をもたらす蛮族や魔神などに対しては、陰陽寮という組織は一切の容赦なく、迅速かつ強力な対応を行います。
その意味では、彼らはカタスクニという都市が崩れず存続するための、最後の防壁とも言える存在なのです。
■第二稜
第二稜は、カタスクニにおける代表的な商業区画です。
市場と職人街が滑らかに混ざり合った独特の構成となっており、冒険者向けの装備品から日々の生活に欠かせない食材まで、合法の品であれば大抵のものをこの稜で手に入れることができます。
大通りには看板を掲げた商店が立ち並び、規模や格式に応じて商品を競い合っていますが、第二稜の景観の中で最も目を惹くのは、道という道に軒を連ねる露店や屋台の群れでしょう。
客引きの声、品物を品定めする人々のざわめき、値引き交渉の言い合いが、昼夜を問わず活気を生み出しています。
また、カタスクニとしては珍しく、この稜には娼館の類が一切存在しません。
そのため、夜間において活気の中心となるのは酒場であり、味や居心地、主人の腕前や気概がそのまま店の評判に直結します。
色で客を引かない分、料理・酒・もてなし・そして商品の質は全体的に高水準であり、夜更けまで明かりが消えることはありません。
職人街も第二稜に含まれており、鍛冶屋、細工師、魔符職人たちが日々手を動かしています。
出来上がったばかりの武器や魔符が即座に市場に並ぶことも珍しくなく、買い手と作り手の距離が近いのもこの稜ならではの特徴です。
商品の中でも、特に魔符や符式具の種類は他都市と比較して非常に多く、その中には珍品や実験的なものも含まれています。
一方で、裏通りに入れば怪しい手作り品を並べる店や、凡庸な市販品を高級品に見せかけて売りつけようとする者もいるため、訪問者には相応の目利きと警戒心が求められます。
活気と喧騒、実益と欲望が交差する稜――それが第二稜の姿といえるでしょう。
▼黒天銀座
黒天銀座は、第二稜の中心を貫く一大アーケード街です。
大通り全体を覆うように木造の屋根が張り巡らされており、その天井と梁、壁面、さらには各商店の看板に至るまで、「ネオン」がびっしりと取り付けられています。
昼間は日差しを遮る屋根によって程よい明度を保ち、買い物客と行商人が絶えず行き交います。
一方、陽が落ちると、防虫のために黒く塗りつぶされた天井に、多色のネオンが星空のように輝き始めます。
その光景が「黒い天蓋に瞬く銀の星々」を連想させることから、この場所は「黒天銀座」と呼ばれるようになったとされています。
黒天銀座は昼夜を問わず人で溢れ返る賑わいの地であり、同時にスリやひったくりなどの小悪党も活発な場所です。
このため、店側が自衛策として冒険者を用心棒として雇う例も多く、資金難の冒険者にとっては非常に馴染み深い区域となっています。
この一帯を取り仕切っているのは、"商店長"カーラ・ショウコクです。
タビットの中でも特に小柄なパイカ種の女性で、その見た目に反して驚異的な行動力と商才を持つ人物です。
時勢と話題に敏感で、迷宮で活躍した冒険者がいれば、即座に「あの有名冒険者も愛用する○○!」と銘打って、黒天銀座全体で販促キャンペーンを展開することすらあります。
華やかさと喧騒、機転と欲望が交差する賑わいの街――それが黒天銀座です。
■第三稜
花色の暖簾と赤提燈、そして眩いほどのネオンが頭上を飾る、華やかな妓楼街です。
通りを歩けば、香の薫りと甘い声、賑わいと酔客の笑い声が絶えず耳に届き、夜になっても明ける気配を見せません。
通りに面して構える店は「大見世」と呼ばれる高級娼館で、格式や内装、扱われる遊女の格もそれにふさわしいものです。
横道に入ると少しランクを落とした「中見世」が並びますが、ここでも一晩で軽く100Gが飛んでいきます。
さらに裏通りへ進むと、新人でも手出しのしやすい「小見世」が姿を現し、最外縁ではゲテモノ揃いの「切見世」と呼ばれる最下級の見世が軒を連ねるなど、メインストリートから離れるほど、キワモノかつお安い娼館が並ぶようになっています。
蛮人街に面した区域では、コボルドやフッドなどと一夜を共にできる店があるとさえ言われていますが、その真偽は定かではありません。
迷宮探索を終えた冒険者が報酬を持ち込んで豪遊する光景は珍しくなく、冒険者と住民の距離は比較的近い街区です。
中には遊女と親しくなり、個人間で依頼や相談を持ち込む者もいたり、"仲良く"し過ぎた結果、見世から自由を買い取って別の街へと駆け出していった者もいます。
しかし、その関係性はあくまで「遊び」を通じて生まれるもののため、金銭的余裕のない冒険者にとっては縁遠い街区といえるでしょう。
▼万朶通(ばんだどおり)
万朶通は、第三稜の中でも最も栄えた大通りで、通りのほぼ全てが娼館と、それに関わる商店・職人の店で埋め尽くされています。
そのため、街内外から「娼妓通」とも呼ばれています。
華やかな声色と妖艶な光が絶えない一方で、嫉妬、横恋慕、金銭トラブルなども日常的に発生する、良くも悪くも人の情が渦巻く区域です。
この通りにはあらゆる種族に対応した見世が存在し、中にはエルフなどの水に親しい種族のために、店内全域が巨大な水槽となっている見世、空を飛ぶ種族のために天井を設けない見世など、特色豊かな店が立ち並びます。
「ここで満足できなければ、あとはサキュバスでも探すしかない」と言われるほどの多様さですが、実際に“サキュバスがいる見世”の噂は常に付きまといます。
中には「実際に見た、いや遊ばせてもらったんだ」と夢を見るような瞳で語る客もいますが、多くの場合、ただの技巧に長けた娼妓に惑わされているに過ぎません。
万朶通は、訪れる者の欲と夢と破滅が入り混じる、カタスクニを象徴する街区です。
「住民の半数が客として通い、残りの半数はここで働いている」と言われるほどに、この都市において特別な存在となっています。
この騒々しい通りを取り纏めているのは、老舗の中見世である〈二角屋〉の主人、”忘八”ローシュ・ナスリムです。
冷徹な経営者にして、遊郭連合を束ねる取締役でもある彼の影響力は強く、時に陰陽寮にすら意見出来るとさえ言われています。
■第四稜
第四稜は、主に居住区として機能する落ち着いた街区であり、同時に大小さまざまな神殿や宗教施設が軒を連ねています。
他の稜と比べると、街路樹や生垣などの自然が多く、区内を緩やかに流れる川が住民たちの憩いとなっています。
祭りの折には、この川へ願いを書いた紙片を流す風習があり、信仰は比較的穏やかに受け入れられている地域です。
娼館も存在しますが、第三稜のような華美さや呼び込みはなく、慎ましく静かな佇まいで営業しています。
しかし、一見すると平和に見えるこの区域も、信徒同士の対立や神殿間の小競り合いが起こることがあり、宗教的な緊張感が潜んでいます。
また、第一稜と同様に結界維持の要となる区画であるため、陰陽寮の指示により通行止めや立ち入り制限が突発的に発生することも少なくありません。
それでも第四稜は、カタスクニの中では比較的穏やかで、日常としての生活が息づいている街区です。
喧騒から離れ、息を整えることができる場所として、多くの住民にとって心の拠り所となっています。
▼八百万小路
八百万小路は、数多の神々の祠と小さな神殿が密集して建てられた、不思議な一角です。
その名に反して細い路地ではなく、第二稜のメインストリートに匹敵する賑わいを持つ通りとなっています。
これは、もともと脇道に存在した小さな祠に参拝客が集まっていたことを商人が見逃さず、神官と結託して祠を増築し続けた結果、巨大な宗教市場へと発展したためです。
各祠のすぐそばには、それにちなんだお守りや魔符、祈祷用具などを販売する露店が軒を連ねています。
香の香り、祭具の鈴音、そして商談の声が混ざり合う、信仰と商売が同居した独特の空気がこの通りを満たしています。
祠の管理は実質的に“八方神官”スケロク・ジスアに一任されており、清掃から補修まで丁寧に行き届いています。
彼の存在があるからこそ、八百万小路は雑多でありながらも不思議と乱れのない、ある種の「調和」を保ち続けているのです。
■第五稜
第五稜は、カタスクニの"影"にあたる地域であり、黒と紫を基調とした建物や装飾が多く、街区全体に威圧的で重厚な雰囲気が漂います。
中央の大通りは、"侠客"と呼ばれるマフィアたちが面子を保つために常に清潔に整えられており、外見上は整然とした印象を与えますが、一歩路地裏へ入ると、暴力と退廃が凝縮したスラムの風景へと一変します。
稜の入口には、蛮人街出身の侠客が門番として立ち、無用な侵入者を厳しく排しています。
その内側、地域内ではいくつかの組が縄張りを分け合い、独自の掟と役職を持って勢力を維持していますが、なかでも最も強力なのが"大侠客"オーディリ・ガンズドロを首領とする「ガンズドロ組」で、彼らの睨みがあるために表向きの犯罪は抑えられ、街区には奇妙な秩序と均衡が保たれています。
住民は孤児や私生児、職を転々とする者や旧来の落伍者が多く、陰陽寮でも正確な人口把握が難しいとされています。
交易や娯楽、非合法な取引が混ざり合うため利害関係が複雑で、訪れる者は常に用心を求められます。
一方で、抗争や局地的な衝突が起こることはありますが、ガンズドロ組の介入で鎮圧されることが多く、実のところ、外見ほど無秩序ではないのが実情です。
第五稜は表の繁栄と裏の影が交錯する場所であり、欲望と生存が蠢く都市の影を体現しています。
同時に、冒険者や商人、情報屋、裏社会の人間が入り乱れるため、機会と危険が同居する地域でもあります。
▼蛮人街
第五稜の奥深く、カタスクニの外縁にまで隣接して広がるスラム地区が、蛮人街と呼ばれる区域です。
落伍した冒険者、無法者、“穢れ”を抱えた者、流浪する蛮族の一部、そして侠客たちが混在する、混沌とした住民層からなる地域であり、「守りの剣」が置かれていないことから、通常の都市管理から外れた存在たちが集まる、隠れ里のような性格を持ちます。
地域の実権は侠客組織が握っており、最大勢力であるガンズドロ組の支配力が強い一方で、局所的には小さな“組”や徒党が幅を利かせています。
オーディリは時折ギルドを介さずに冒険者へ直接依頼を出すことがあり、その独自の求心力が、蛮人街の運営と交易に影響を与えていえるでしょう。
治安は粗暴で危険ですが、跳ね返りの強い物資と人材が集まるため、アビスシャード強化済みの武器や防具、蛮族との交易ルートを求める一部の者には重要な接点となります。
裏取引や「鉄砲玉」などと呼ばれる傭兵雇用が常態化しており、必要に迫られて訪ねた者には、才覚に見当った見返りをもたらすでしょう。
"組"の他には、孤児院や粗末な宿、密売屋、闘技場めいた賭場などが散在しており、そこで育った若者は侠客の下働きや傭兵、あるいは迷宮入りを目指す冒険者へと成長することもあります。
蛮人街は都市の負の側面を象徴すると同時に、底辺から逆転を狙う者たちの最後の拠り所でもあるのです。
■カタスクニの重要人物
○“陰陽頭”ヨモツシコメ(不詳/女/不詳)
「その方らが壮健で〈黄泉の塔〉の踏破を成すことを祈っておりますよ」
カタスクニを統べる陰陽寮の頂点に立つ人物であり、黄泉の塔から漏れ出す瘴気を封じる結界の創始者にして維持者でもある魔術師です。
細身の体格と澄んだ声、そして長い黒髪から人間の女性と推測されていますが、常に紙製の儀式仮面に覆われた素顔や正体を見た者は存在せず、年齢や種族も不詳です。
仮面の意匠は儀式や季節によって変化し、帯には紅蝋燭の芯や迷宮由来の木片が飾られています。
ほとんどの時間を陰陽寮の私室で過ごし、部下たちすらその行動の全容を掴めていません。
しかし時折、迷宮探索者たちの前に姿を現し、「迷宮の真実を暴け」と謎めいた言葉を残します。
彼女と接触した冒険者は決まって大きな成果を上げますが、ほどなくして消息を絶つ例が後を絶たず、歴戦の者たちの間では“黄泉への導き手”と恐れられています。
生い立ちや目的など、ほとんど全ての情報が謎に包まれていますが、唯一知られているのは、大の甘味好きで、特に「ヤマブドウ」を好むという点です。
その果実を献上することで、ほんの一言だけ助言を授かれるという噂が絶えません。
○“ヨモツイクサ頭領”マガツ(ナイトメア/男/48)
「ヨモツシコメ様について、お前たちが知る必要はない。無用の詮索はせぬことだ。」
陰陽寮直属の治安維持部隊〈ヨモツイクサ〉を率いる頭領です。
「マガツ」は代々の頭領に与えられる称号であり、本名は不明です。
豪傑を絵に描いたかのような体躯を持つ熟練の魔法戦士であり、主武装は巨大なメイスですが、それ以外の武器であろうと何なく使い熟す様子から、武芸百般に通じていると見て良いでしょう。
戦闘においては冷静沈着かつ苛烈で、敵味方問わず畏怖されています。
任務中はヨモツシコメと同じく紙製の仮面で顔を覆い、素顔を見た者は部下の中にも存在しません。
数多の武勇伝と戦歴、そしてその冷徹な態度で人を寄せつけませんが、実はヨモツシコメ同様、甘味に目が無いという意外な一面を持っています。
時折、深夜に陰陽頭の私室を訪れ、夜明け前に無言で立ち去る姿が目撃されています。
その関係性について詮索する者はいますが、過度の詮索をした者の多くがその後、謎の失踪を遂げています。
○“算盤持ちの”リコ・カンゼオ(人間/女/19)
「うむ、良い面構えだの……実に儲けさせてくれそうな顔じゃ!」
冒険者ギルド支部のひとつ、〈タヌキの皮亭〉の受付嬢を務める人間の女性です。
金勘定に長けた守銭奴として有名ですが、その眼光の鋭さと勘の良さから、ギルドの実務を一手に担う存在として信頼されています。
艶やかな着物を好み、仕事中でも季節ごとに柄を変えて着こなしています。
黒髪に差した花の簪がトレードマークで、常連たちは彼女の簪の色でその日の機嫌を測ると言われています。
また、甘味の中でも特に団子が大好物で、機嫌を損ねた際に三色団子を差し出すと、「ま、今回は見逃してやるかの」と機嫌を直すことが多いようです。
元は帳簿係として働いていましたが、先代受付の引退をきっかけに前線へ引きずり出されました。
稼いだ金の使い道には諸説あり、「病気の妹の治療費」説や「娼妓の身請け資金」説などが囁かれています。
しかし本人は「ただただ金が好きなだけじゃ」と言い切り、帳簿の山と客の顔を見比べながら、にやりと笑ってそれらの疑問を誤魔化しています。
皮肉屋ながら、どこか憎めない人気者です。
○”忘八”ローシュ・ナスリム(スプリガン/男/148)
「情に金は生まれん。だが金があれば、情は買える。世の理とはそういうもんだな」
娼館〈二角屋〉の主人であり、カタスクニにおける最大の遊郭連合を束ねる経営者です。
金にうるさく、嫌味と皮肉を武器のように使いこなす冷徹な男として知られています。
しかし、彼の商才と管理能力は一級品であり、娼妓たちの生活や安全を“商品価値”として守る姿勢は徹底しています。
衣食住や衛生面、医療の手配に至るまで、彼の監督下にある妓楼はどこも清潔で労働環境が良いことで有名です。
結果として、〈二角屋〉に所属した娼妓の多くは、他所の店では得られないほどの収入と自由を手にしていると言われています。
その一方で、彼自身は情を交わすことを極端に嫌う人物です。
金銭で動かせるもの以外に価値を見出さず、賄賂や泣き落としなども口の端で冷たく笑い、軽くいなしてしまいます。
どれだけ金を積まれようと、利に合わなければ一銭も受け取らない頑固者です。
種族の特徴として、生まれつき顔立ちが醜く、それを理由に実の親から捨てられた経験を持つためか、子供や孤児にだけは優しい一面を見せます。
店の裏口に迷い込んだ孤児を叱りつつも、結局は飯を食わせて帰す姿を見た者も少なくありません。
また、意外なことに「テンプラ」と呼ばれるフライが大好物です。
金勘定を終えた深夜、帳簿を閉じると決まって屋台へ足を運び、一人静かに揚げたてを頬張りながら、その時ばかりは人間味のある微笑を浮かべているといいます。
〈タヌキの皮亭〉の“算盤持ちのリコ”とは犬猿の仲で、互いに「タヌキ娘」「ヒヒジジイ」と罵り合うのが日課です。
それでも市場で出会えば帳簿を見せ合い、最終的にどちらが一銭多く稼いだかを競い合う――そんな、奇妙な商人同士の敬意も存在しています。
○“居残り”サベージ(リルドラケン/男/年齢不詳(本人曰く「忘れちまった」))
「まぁまぁ、そうカリカリすんなって! まずいっぱいやって儲けに貢献してくれや!」
陽気でちゃらんぽらんなリルドラケンの元冒険者です。
かつては仲間とともに迷宮を渡り歩いた一流のグラップラーであり、今でもその腕前はカタスクニ一と称されるほどです。
実際に、難癖をつけてきた酔漢を軽く投げ飛ばした結果、屋根を突き破って空を舞ったという武勇伝が残っています。
なお、屋根の修理代は、彼が元から背負っていた借金に上乗せされたようです。
彼が二角屋に腰を落ち着けるようになったのは、妓楼がまだ小さな宿屋のような頃のことでした。
ある日、ふらりとやってきた冒険者の一団として立ち寄ったこの見世で、飲んで食って騒いだ挙句、翌朝には仲間全員が黄泉の塔へと旅立ってしまい、何故か彼ひとりが取り残されました。
支払い能力のなかった彼は、下働き兼人質として雇われ、仲間の帰りを待ちながら、用心棒として働くようになったのです。
それから何年経っても、仲間の消息は一切つかめていません。
基本的に陽気な性格で、常に笑顔を絶やさない好人物でもありますが、呼吸器の病を患っており、明るい表情の裏に諦観を感じさせることもあります。
時折ひどく咳き込み、掌に付いた血を見ては「この体じゃ、もう冒険者には戻れねぇさ」と笑ってごまかしますが、本音では仲間の帰還を信じて、この街で待ち続けているのだと言われています。
好物は「胡椒飯」と呼ばれる、香辛料をたっぷりかけた熱々の汁飯です。
夜更け、屋台で汗を流しながらそれをかき込む姿は、どこか寂しげで、それでも“生きて待つ”という彼の矜持を感じさせます。
ただし、あまりにも大量の香辛料を使うため、彼以外に完食できた者はおらず、作らされる店側にとっても、あまり嬉しい注文ではないそうですが。
その明るさと腕っぷしの強さ、そしてどこか哀愁を帯びた生き様から、彼は今も「居残りサベージ」の名で多くの人に親しまれています。
○“八方神官”スケロク・ジスア(リカント/男/32)
「神さまは八百万! 礼も作法も、覚えるほどに楽しくなるのですから!」
八百万小路の木造神殿に住まう、狐のような耳と尾を持った神官であり、夜明け前の祈りを欠かさぬ敬虔な信徒です。
もともとは「月神シーン」を信仰していたものの、小路に点在する無数の祠を管理するうちに、あらゆる神々の儀礼や祈祷法に通じるようになりました。
いまや主要な神々のみならず、名も知られぬ小神や異邦の偶像にまで対応可能であり、この博識さから“八方神官”と呼ばれています。
信仰オタクと揶揄されるほど神事への情熱が強く、祈祷中は誰も近づけないほど没頭する姿がよく目撃されています。
その知識と技量を頼りに、マイナーな神へ祈りを捧げたい同業者や冒険者、あるいは物見遊山の観光客たちから依頼を受けては、少額の奉納金と引き換えに祈祷を代行しています。
信心深くも商売上手な一面を持ち、維持費や香料代を名目に小銭を稼ぐその手腕はなかなかのものと言えるでしょう。
ただし、いつも袖口の奥に小型の〈デリンジャー〉を隠し持っており、異名である“八方神官”には「八方塞がりでも生き延びる男」という裏の意味がある、と噂されることもしばしばです。
本人は笑って否定しますが、その目の奥に浮かぶ光は、どうも神職だけで鍛えられたものではないと囁かれています。
好物は「油揚げ」と呼ばれる揚げ物で、これを供えると、普段よりも一段と熱のこもった祈りを捧げてくれると評判です。
境内の片隅で、油揚げを頬張りながら祈祷書を読みふける姿は、八百万小路の名物光景のひとつとなっています。
神に仕えながらも人の世の理にも通じ、聖と俗の境界に立つ、どこか掴みどころのない神官です。
○“大侠客”オーディリ・ガンズドロ(ダークドワーフ/男/164)
「仁義のねぇ稼ぎは、すぐ腐る。俺は“長ぇ付き合い”を買う主義だ。」
カタスクニにおける蛮人街の顔役にして、裏社会を束ねるマフィア、所謂侠客たちの頂点に立つ男です。
170cmと少しという、ドワーフとしては規格外の長身と、それに見合う大岩のような横幅、そして圧倒的な存在感を備えており、ただ立っているだけで周囲の空気を変えるほどの雰囲気を纏っています。
その威圧と貫禄は、時に陰陽寮の役人ですら言葉を選ぶほどだと言われます。
カタスクニにおける蛮族のほぼ全員を把握しており、蛮族社会から逃げ出したものや、蘇生の多用によって穢れが貯まりすぎた冒険者たちの保護もしています。
仁義に厚く、筋を通さぬ行いを何より嫌っており、自らの配下が人道を踏み外した際には、たとえ古参であっても容赦なく諫め、時には自ら処分することもあります。
その一方で、陰陽寮の監視の及ばぬ裏路地では、違法な呪物や禁制品を街外と取引するなど、一筋縄ではいかない一面も持ち合わせています。
もっとも、彼にとってそれらは単なる悪事ではなく、「秩序ある裏社会」こそが街を回す潤滑油だと考えており、完全な無法地帯よりも、“筋と秩序のある闇”を維持することが己の仁義であり、商売の理だと信じています。
そのため、治安維持には一定の協力姿勢を見せており、蛮人街の犯罪率が他の稜よりむしろ低いことすらあるのも、彼の影響が強いためであると噂されています。
山岳地帯の地下深くが故郷でありながら、生ものを好む珍しい嗜好で、一番の好物は意外にも川魚の刺身。
重要な取引の席では、鮮魚の豪華な活け造りが並び、その静かな宴の場こそ、彼の真意が交わされる舞台でもあります。
街の誰もが“大侠客”と呼ぶ所以は、彼が強さよりも「筋の通った誇り」を重んじるからであるため。
オーディリが笑えば街は回り、彼が眉をひそめれば闇が静まる――それほどまでに、カタスクニの裏側は彼の一言に左右されているのです。